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2016.07.15(Fri)


私事私情のみ。
吐き出せるところがないのでここで。

久方ぶりに聞いた声はどこか遠く、強張っていた。

十二年前まで私の父親だった人からの、電話だった。
俺はどうやらもうすぐ死ぬらしい、そういう報せだった。

癌。いくつかの臓器と骨にも転移している、ステージ4。
手術はするが全てを切除することは難しく、後は抗がん剤での治療となる。
薬が効けば持って二年。
効かなければ半年。
効く確率は五分五分。



巡り巡ったあの呪詛が、こんなところで芽吹くとは。

一度だけ、本気で、殺してやる。そう思ったことがあった。
真夜中の台所で、包丁を握って、足音を殺して階段を上がり。
父親の寝室の前で長い間、立ち尽くしていた。
何度も包丁を握り直して、考えて、あんな奴のために人生を棒に振る意味を見出せず、やめた。
真っ暗な冷たい廊下でひとり、冷たい刃を撫でながら暫く動けなかった。
自分が怖かった。
勝手にひとりで死んでくれ。
そう願った。

十二年越しの呪いが、病魔となって現れたのか。
今更、今頃になって、死ぬのか。
そんな弱り切った声で、私の名前を呼んで、どうしてくれと言うのか。



家族という枠組みが、正しくはどういうものであるかなど知る由もなく。
私は私の人生が基準であり、標準であり。その他こそが異常であり、奇妙だった。
父親に殴られたことも蹴られたこともない子がいることが。
祖母に無条件で可愛がられる子がいることが。

父はただただ恐怖の対象だった。
機嫌を損ねてはいけない、殴られる。
言うことを聞かなければいけない、蹴られる。
誰も助けてはくれない。
祖母はただただ憎むべき対象だった。
いつからか最早分からないが、憎まれていたから、私も憎んだ。
従妹たちと比べては、罵倒された。
お前は要らないと、疎外された。
誰も否定してはくれない。
「誰もあんたのことを大事になんて思っちゃいないよ」
母親は私にそう言い聞かせながら、私を育てた。
「私だけは違うから」
そんな母の言葉を信じることは出来なかった。
違うなら、どうして笑いながら、祖母が口にしていた私への蔑みを聞かせるのか。
違うなら、どうして父と同じように手を上げるのか。

父も祖母も母も、私には変わらないように見えた。



父に女がいることを知ったのは偶然で。
知ったところで特に驚きもなく、すとんと胸が空く思いだった。
ああ、やっぱり、こんなものは家族なんかじゃないのだ。
これが正しく家族であると思ってはいけないのだ。

私はまだおかしくなってはいない。
そう思えたから。

母に言うこともなかった。
知る時がくれば知るだろうし、どうするか興味もなかった。

耳に穴を開けた。五つ。
どうしようもない虚しさを埋めるための穴だった。
最初はただの傷だったそれも、すぐに皮膚が出来、穴となった。
今でも塞がらずに、私の何かを埋めている。
きっとこの先一生、どんなもので代えても、塞がることはない。

転機は遅く、二年後だった。
父の不貞を皮切りに母の不満が爆発した。
母は私を連れて家を出ると言った。
その時、まだ私は子供だった。
誰かに依存しないと生きていけない子供だった。
残っても残らなくても変わりはないように思えたけれど、父は要らないと言うので、私は母に貰われた。
祖母に詰られながら家を出た。
地元ではくだらない噂がいくつも流れたが、根も葉もないのですぐに消えた。
根も葉もない噂を信じる人もいた。そういう人は離れていった。
それから四年間、母と暮らした。
「お前にはあの家の血が流れている」
そう罵られながら母と暮らした。
父親に似た私が気に入らないのなら、どうして連れて出たのか。
母にとって私は戦利品のようなものだったのか。
考えるのも無駄なことに思えた。考えるまでもない。
働き出して、ようやくまとまったお金が出来て、家を出た。

父から時折、思い出したように連絡が来るようになっていた。
会いたいと言われて、三回に一回くらいは応じた。
心底嫌だったが、白髪が増え老けた容貌は酷く哀れで。
憎しみは変わらず根底にあったが、同情のほうが大きくなっていた。
あの祖母に育てられてこうなってしまったのならば、この父もまた哀れなのだ。
そうして私も同じものになってしまうのだろうか。
それだけをいつも恐れていた。
理由付けのためなのか、会う度にお金を渡された。
虚しい気持ちでそれを受け取り、帰りの車の中でひとり泣いた。
私が父に会っていることを知った母は、信じられないという顔で私を見た。
「私を裏切った男に媚びるのか」
私自身、どうするのが正しいかなんて分からなかった。
父も母もただただ哀れだった。

ふたりとも、憎むべきほど私の近くにはいなかった。

そんな父が、もう永くないという。
哀れだと思う。
今までの報いなのか、あの人はいまだひとりのままだ。
そして祖母は、ひとり残されるのだろう。
哀れだと思う。ただただ、哀れだと思う。



憎しみの火は消え、今はただ燃え滓がそこにあるだけだ。
決してなくなりはしない残骸がそこにあるだけだ。

死を前にしたひとりの人間を、憎むことなど出来ない。

ただ哀れむだけだ。

ともすると、あの頃苦しんだ私の心が叫ぶのだ。
情けをかけるなと、あいつらがお前に何をしてくれたんだと。
幼い私が叫ぶのだ。
その声を無視することも出来ない。
だから私は対岸で、傍観者に徹するだけだ。

可哀想に、と涙を流すだけだ。
空の涙を流すだけ。
誰に対しても。



正しくない枠組みから抜け出して、自分だけの枠組みを作っても、変わらない。
正しい形を模索し、模倣しながら、それでも分からない。
模倣は模倣でしかなく、私のものにはならない。
出来上がった形を割って壊して、また直しても、結局は同じパーツなのだ。
元の造形にしか成り得ない。
私は私でしかない、それはもう絶望的なほどに。
だからきっと、彼らも彼らでしかなく。
私はそんな彼らを、私自身を、赦すことも憎むことも出来ず。
終わりを待つだけだ。

最期に綺麗な形を作ることも出来ず、終わりを待つだけ。
だから私に何も期待しないで。
もう何も見たくない。
何も聞きたくない。
全て忘れたい。
出来ることなら。



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